おがくずを挽こうとするな
過去の辛い思い出、出来事、後悔などを今なお忘れられない方、
この章を読み終える頃には、それがどれだけもったいない事か
70年前の方々から熱いメッセージを感じれるはずです。
1 おがくずを挽こうとするなの要約と感想
1,あなたも「おがくず」を挽いていませんか?
この章のタイトルになっている「おがくずを挽く」とは、どういう意味かから、見ていきましょう。
1,過去という名の「おがくず」
のこぎりで木を挽けば、当然「おがくず」が出ます。しかし、その床に落ちたおがくずを、もう一度のこぎりで挽こうとする人はいません。それは完全に無意味で、時間の無駄だからです。
カーネギーは、これと同じだと言います。
- 木を挽くこと = 私たちの人生で起こる出来事
- おがくず = すでに過ぎ去ってしまったこと、決着がついたこと、取り返しのつかない過去
済んでしまった失敗や、終わった出来事をいつまでもくよくよと悩み続けることは、床に落ちた「おがくず」を、必死でのこぎりで挽こうとしているのと同じ、愚かで不毛な行為なのです。これは、西洋のことわざで言う「こぼれたミルクを嘆くな」と全く同じ教えです。
おがくずを挽こうとするなやこぼしたミルクをなげくなは、使い古された過去の遺物ではなく、
今なお、現代に生きる人間のDNAに届く真理だと思います。
2,過去を手放した人々の力強い実体験
この「おがくずを挽かない」というルールは、多くの成功者や、苦難を乗り越えた人々が実践してきた生き方そのものでした。人は、多かれ少なかれ逆境を乗り越えて強くなる。このことと一致します。
1,名将たちが知っていた「昨日は振り返らない」哲学
伝説的な野球監督コニー・マックは、試合に負けた後、選手たちの過去のプレーのミスをくどくどと責めませんでした。なぜなら、彼はこう考えていたからです。
「試合の記録をいくら調べても、昨日の試合に勝ったためしはない」
また、ボクシングの元世界チャンピオン、ジャック・デンプシーは、王座を失った世紀の一戦について尋ねられた時、一切の後悔や言い訳をしませんでした。「終わったことさ」と語る彼の姿は、まさにおがくずを挽かない人間の力強さを示しています。
彼は、この後ホテル経営やエキシビションマッチなど精力的に人生を過ごした。切り替えの早さ、行動力に
私は感動しました。
2,憎しみという「おがくず」を捨て、人生を取り戻した女性
本書で紹介されているマーガレット・チャンラー・アルドリッチの体験談は、この教えの力を最も感動的に示しています。
彼女は夫の死後、遺言の不備が原因で全財産を失い、そのことで義理の家族を何年も激しく憎み続けました。その憎しみは彼女の心身を蝕み、人生を台無しにしていました。
しかしある時、彼女はふと気づきます。「私はおがくずを挽いている。過去は変えられない。私がしているのは、自分の人生を破壊しているだけだ」と。
その瞬間、彼女は長年の憎しみを完全に手放すことを決意しました。その結果、彼女の心には驚くほどの平穏が訪れ、新しい友人を作り、新しい人生の喜びを見出すことができたのです。
水車の水も、流れ去った水では、もう粉を挽くことは出来ない。覆水盆に返らず。世界各国で同じ意味の
ことわざがあるのは、人類共通の真理だと思います。
3、「おがくずを挽かない」ための唯一のルール
この章のルールは、たった一つです。
「おがくずを挽くな」
この言葉を心に刻み、過去を悔やむ思考が頭をもたげてきたら、「それはもうおがくずだ」と認識し、意識的に思考を断ち切ることです。
著者であるカーネギー自身も、若い頃、弁論大会での失敗を何日も引きずり、眠れなくなるほど悩み続けましたが、後になって、それが何の利益ももたらさない、完全な時間の無駄であったと痛感したと告白しています。
4,まとめ|あなたの「のこぎり」を未来に向けよう
私たちのエネルギー、時間、そして精神力は、未来というまだ挽かれていない「木」を切り開くために使うべき、貴重な資源です。
それを、すでに床に落ちてしまった過去という「おがくず」のために浪費してはいけません。
過ぎ去ったことは、良いことも悪いことも、すべては学びとして受け止め、潔く手放す。そして、常に前を向いて「今、ここ」に集中する。それこそが、心穏やかで、力強い人生を送るための秘訣なのです。
しかし、この忘れればいいという単純な事がいかに難しいかを、カーネギーの自身も通関している。
20人にこの事を教えるより、20人の1人になって実践す方が難しいと。
本当にそうなんです。言うのと、実践するのとは100倍違う。
さらに、思うのと、実践するのも100倍違う。それ程本当に行動することは難しい。
だから、行動は人生をかえる大きなきっかっけになる。

2 おがくずを挽こうとするなの実体験
1過去の思考パターンにしがみつく
過去の思考パターンはなかなか変更が出来ない。
若い頃から、試験でも、仕事でも、人間関係でも、あいまいな知識が100個より120%正確な
知識が10個の方が、点数はとれるし、仕事もミスがなくなるし、人から信頼も得られる。
こういう思考で生きてきた。現代では、情報量が多く、スマホのアプリ、AI,ビジネスの種類や
やり方、人間の考え方は、変化が目まぐるしい。120%理解できることだけで、生きて行くのは
害になる面があると気が付くが、どうしても過去の思考パターンが取れない時がある。
最新のAIだって、結構ミスをするし、分からない事もある。なぜ、自分にそこまで負荷をかけるのか
自分で理解ができない。格好をつけて書いたが、単に自分の知らない事も積極的に学んで、
時代の利便性の恩恵をうけなさいと自分に言っているだけなんです。徐々に開始していて
感じるのは、本当にここ20年で世の中が、人の思考が大きく変化してきていることです。
2子供たちへの教育
2人の子供が、成人になり、社会人になり、1人は結婚もしました。
私の古い考えで、望めば何でもさせてやりたいと思っていたのですが、
自発的に言わなければ、親からは与えない考えでした。
妻は、水泳教師や、新体操などを習わせていましたが、私は、何も言って
来ないので、何も与えませんでした。今振り返ると、子供は知らないいです。
何が見たいのか、何を学びたいのか、何をしてみたいのかを。
周りから、ネットから、友人から情報があるかもしれませんが、
親からの情報が最大級に大きいのです。なぜなら、金銭面や交通面、親の体験からの情報だと
興味度が高いからです。そのことが分からなかった事を後悔することがたまにあります。
後悔しても、時間は戻りません。孫にチャレンジします。(娘に嫌われるけど)
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